肺癌とイレッサについて

9. 寛解に向けて

癌は再発や転移があるため、「完治」という概念がありません。そこで、「治ったように見える状態」のことを「寛解」と呼びます。

呼吸器内科の先生によれば、肺癌において「寛解」となるためには、以下の条件が必要とのことです。

  1. 手術により癌をきれいに取り去った
    • 手術の切断面に癌細胞が一切見られない状態にした
    • リンパ節郭清をし、リンパ節の中に癌が一切見られない状態にした
  2. 手術後5年間経過した
  3. 再発・転移が観測されない

残念ながら、私のようなステージⅣの患者の場合、1番目の条件を満足することができませんので、何年経っても「寛解」にはなり得ません。

そもそも、これだけ色々な治療法や薬が出てきた現代にあっても、肺癌のステージⅣの患者の5年生存率は5%程度しかないため、「寛解」という概念は、ステージⅠやⅡといった患者のためにあるのだそうです。

そのため、ステージⅣの患者の場合、ある時点で、「自分の判断で」寛解(「治った!」)と言うしかありません。そこで、私の場合、手術後2年間、無事に再発も転移も見られなければ、寛解を自主的に宣言することとしました。

手術から1年2か月後の12月3日に実施したPETでは、視認できる癌細胞はありませんでした。そして、1年5か月後の3月6日に実施した胸部X線写真も、正常の人と見分けがつかないほどきれいなものでした。

あと約半年。いよいよ、ステージⅣからの奇跡の寛解が見えてきました。

2014年3月6日(木)

胸部X線写真を撮り、その結果を元に呼吸器内科の診察を受けました。

胸部X線写真

ちょうど手術で癌細胞を切除した辺り、左肺中央を横切るように線が見られます(赤丸内)。これは、上葉と下葉が接触する部分(葉間)の膜が厚くなる「肥厚」と呼ばれる症状で、いわゆる手術の後遺症であり、問題はありません。それ以外はとてもきれいで、正常の人の肺のX線写真と変わりありません。

2014年3月6日の胸部X線画像

その他

2013年7月4日に肋間神経痛と診断された胸の張りは相変わらずです。呼吸器内科の先生も相変わらず「肋間神経痛」と診断していますが、私は「胸膜の播種を切除した結果、胸膜同士あるいは胸膜と他の組織が癒着しているのではないか」と勝手に診断しています。いずれにしても、癌の再発によるものではないので、これまで通りこのまま放置することとなりました。

現在は、PETや腰部MRI、胸部X線写真で確認できる大きさの癌細胞はありません。PETでは脳への転移は確認できませんが、頭痛や神経障害もありませんので、脳には転移していないと考えられます。奇跡の寛解を目指して、これまで通り、イレッサを隔日服用し続けることとなりました。

4月17日(木)

血液検査を実施し、呼吸器内科を受診しました。

血液検査の結果は正常です。一般の人と変わりありません。私の場合、腫瘍マーカーが当てにならないので、血液検査では、主にイレッサの副作用の有無をチェックしています。すなわち、血液検査が正常ということは、血液検査で確認できる副作用は見られないことを意味します。

血液検査で確認できるものに限らず、副作用は全体的に見られなくなりました。特に、発疹やにきび、爪の割れ、育毛効果など、皮膚関連の副作用は一切見られなくなりました。(育毛効果が見られなくなったのは、残念です) 便の後半が下痢になる症状のみ、頻度は減りましたが、まだ見られます。

副作用が見られなくなってくると、イレッサの薬効も無くなってきているのではないか、と心配になります。この点は呼吸器内科の先生にも分かりませんので、イレッサの薬効がまだあることを期待して、適宜、X線写真やCT、PETなどで再発・転移の有無を確認しながら、引き続きイレッサを服用し続けるしかありません。次回は、久しぶりに胸部CTを撮ることになりました。

5月29日(木)

胸部CTを撮り、その結果を元に呼吸器内科の診察を受けました。

胸部CT

足側から見ていますので、右側が左肺です。
手術痕(写真右側上部)は見られますが、再発等異常所見無しです。

2014年5月29日の胸部CT画像

その他

2013年7月4日に肋間神経痛と診断された胸の張りは相変わらずです。左胸下半分の肋骨の表面側に、ゴムの膜を貼ったかのような張りを感じます。痛みではなく違和感なので、生活に支障はありませんが、気にはなります。このままずっと無くならないのではないかと心配にもなります。

呼吸器内科の先生によれば、胸腔鏡手術の後にこの張りが発生する仕組みは次の通りです。
肋間神経は「肋間」と書きますが、実際は、各肋骨の下に沿うように伸びているのだそうです。胸腔鏡手術で開ける穴は、肋骨の間に開けますので、この神経をバッサリ切るわけではありません。ただ、その穴を通してカメラや手術器具を挿入する際、直接挿入するのではなく、ポートと呼ばれる筒を穴にはめて、その筒を通して挿入するのですが、この筒の外壁が上下の肋骨を圧迫し、特に上側の肋骨の下部に沿うように走っている神経と血管を圧迫します。その結果、神経が、血液不足により、または、直接圧迫によりダメージを受けてしまい、術後、「神経痛」という症状に至るのだそうです。

通常は数ヶ月で消えるそうですが、人によってはなかなか消えないケースもあり、1年半経っても消えない私のケースが特に異常というわけではないそうです。また、イレッサとは関係ないとのことですので、イレッサの隔日服用は続けることとなりました。

7月10日(木)

血液検査を実施し、呼吸器内科を受診しました。

血液検査の結果は正常です。

イレッサの副作用ならびに手術の後遺症の状態も変わりありません。

そこで、呼吸器内科の先生に、「今度の9月末で、イレッサを服用してからちょうど2年経ちます。その時に、再発や転移の兆候が見られなければ、イレッサの服用を中止したいのですが、いかがでしょうか?」と相談してみましたところ、「私からは中止して良いとはとても言えません。むしろ、継続することをお勧めします。」と反対されました。反対の理由は以下の通りです。

  • イレッサの服用を継続できなくなるようなひどい副作用が見られない患者において、いつ服用を止めるかに関し、厚生労働省などからの「指針」が無い。医学会での共通認識も無い。
  • この呼吸器内科の先生も同様の疑問を持ち、製薬会社のアストラゼネカ社に何度か問い合わせをしたが、「その点に関しては回答できない。」という回答しか得られていない。
  • したがって、各医師が独自に判斷する必要があるが、この呼吸器内科の先生が過去10年にわたってイレッサを投与してきた患者の中で、これほど長期にイレッサを服用し続けたのは私を含めて3名しかおらず、しかも他の2名は中止していないため、判断材料が無く、判断できない。
  • 副作用などでイレッサの服用を中止した患者の中には、服用を中止した途端に癌細胞が爆発的に増殖し始める「Flare(フレア)」と呼ばれる症状が見られる場合がある。(下図は呼吸器内科の先生が、Flareを説明するために書いて下さった図です。)
Flare:抗癌剤を中止した後、癌細胞が爆発的に増殖する現象

私「それは、全癌細胞のチロシンのリン酸化をブロックできていないからではないでしょうか? 私の場合、2年も服用したら、すべての癌細胞のチロシンのリン酸化をブロックできていると思うのです。」

先生「そうかもしれませんが、各癌細胞にはEGFRが複数あり、本当にすべてをブロックできているか保証できません。また、Flareの仕組みは分かっておらず、例えば、異なる遺伝子変異の癌細胞が増殖している可能性もあるのです。」

私「増殖し始めたら、服用を再開すれば良いのではないのですか?」

先生「それが効かない場合があるのです。そして、その場合は、打つ手が無くなるので、一番やっかいなんです。」

私「今隔日服用なのを、2日おき、3日おきと徐々に間隔を開けていって、様子を見ながらやめていくというのはいかがでしょうか?」

先生「副作用の関係で2日おきに服用した例はありますが、服用をやめるという点に関しては、前例がないので、分かりません。イレッサの服用をやめても、金銭的負担が無くなるという以外のメリットは無いと思いますが、、、」

私「でも、やめる指針というのも必要ですね。服用期間とか。」

という会話をして、この日の診察を終えました。

8月21日(木)

呼吸器内科を受診しました。

今回は、血液検査も胸部X線や胸部CTも無く、診察のみでしたので、以下の2点を確認して、終了しました。

  • 体調はすこぶる良好であること
  • イレッサの副作用はすべて全く見られなくなったこと

奇跡の寛解まであと少しです。

10月2日(木)

イレッサの服用を開始してから、ちょうど2年が経過しました。この日の検査で異常が見られず、かつ、体調が良ければ、自主的に寛解を宣言しようと思います。すなわち「治った!」と言いたいと思います。

今日の検査は、血液検査と胸部X線写真です。

血液検査

異常無しです。
GOT/GPTにいたっては、手術以来最良の値です。

胸部X線写真

こちらも異常無しです。
「とてもきれい」と言われました。

2014年10月2日の胸部X線画像

診察

胸部X線写真から、胸部での再発は見られません。

体調も良好ですし、血液検査にも異常は見られませんので、転移をしている可能性も極めて低いと考えられます。

「肺癌のステージⅣの患者が、手術後2年経過して、このような良好な状態にあるのは、極めて珍しい」とのことです。

このページの冒頭に記した通り、お医者様は宣言できませんので、自主的に宣言します。寛解です!

そこで、今後イレッサを継続して服用するか否か、呼吸器内科の先生と議論しました。

現在、イレッサの副作用は、頻尿以外はまったく見られなくなりました。発疹はありません。下痢もしていません。残念ながら育毛効果も見られなくなりました。

体の正常な細胞が遺伝子変異をして耐性を持つことはあり得ません。唯一考えられる理由は、薬を素早く代謝するようになったのではないかということです。すなわち、イレッサをすぐに分解・排泄するようになってしまったと考えられます。これで、頻尿のみが症状として残ることも説明できます。そして、これが「イレッサ耐性」の正体だと思われます。

この推察が正しいとすると、現在はイレッサを服用していないのと同じ状態であることになり、かつ、癌が再発・転移した時には、イレッサでは対処できないことを意味します。私の場合、イレッサは良く効いていたと思われるだけに、これは避けたいところです。

そこで、イレッサに「慣れた」体にイレッサを忘れさせるために、イレッサの服用を中断してはどうかと考え、呼吸器内科の先生に相談しました。

呼吸器内科の先生は反対です。「副作用が頻尿以外見られなくなった理由は分からない。しかし、2年間無事に過ごすことができたことから、イレッサの効果は持続していると考えるのが妥当であり、服用は継続すべきである」と。

両者の意見を整理すると下表のようになります。

呼吸器内科の先生
現在イレッサは効いているか?効いている。効いていない。
副作用が頻尿以外見られなくなったのはなぜか?分からない。イレッサをすぐに代謝するようになってしまっているからである。
すなわち、すぐに、イレッサを服用していないのと同じ状態になってしまっているからである。
現在、再発・転移が見られないのはなぜか?イレッサが効いているからである。イレッサは、癌細胞の中のチロシンのリン酸化をブロックすることにより、癌細胞の増殖をブロックするが、このブロックは一度作用すると外れることはない。すなわち、すべての癌細胞の増殖をブロックするだけに足る量のイレッサを服用すれば、新たに生まれる癌細胞以外は生成されない。私の場合、手術時、目に見える癌細胞はすべて切除したので、残っている癌細胞の数は極めて少なかったと想像される。すなわち、イレッサが効いているうちに(副作用がまだ見られるうちに)ほとんどすべての癌細胞の増殖をブロックすることに成功したと考えられる。

このように議論は平行線で収束しません。最後に、先生が「もし、どうしても中断されるのであれば、医者と患者の意見が異なるのはよくありませんので、病院を変えて頂くことになると思います。」とおっしゃいました。う~ん。これは困りました。ほとんどのお医者様はこの先生と同じ考えでしょう。そうであるとすると、私は、誰にも診てもらえず、医療難民になりかねません。しばし考えたあと、服用をこのまま継続することとしました。

その代わり、推測で議論するのはよくありませんので、イレッサの製造元のアストラゼネカ社に、イレッサ服用後の(a)血中の有効成分の濃度の推移と(b)尿中の代謝物の濃度の推移の測定を打診して頂くことになりました。