どうにもこうにもワシントン

第4話 Mercedes・Ralph Loren・・・そしてSONY

言葉の壁のせいだろうか、あるいは、同じ境遇にいるせいだろうか、どうしても留学生同士で固まってしまう。良く言えば、非常にインターナショナルな付き合いである。12月16日、マレーシア人のRadziah主催のパーティにも色々な人種が集まった。マレーシア、エジプト、アラブ首長国連邦、モロッコ、トルコ、ノルウェ一、ボリビア、そして日本。その中で、ひときわ目を引いたのはアラプ首長国連邦のAmina、Hudaの姉妹であった。
これまで、アラビア人女性といえば、テレビで、顔をベールで覆った姿しか見たことが無かったので、何か見てはいけない神秘的なものを見てしまった感じで、それだけでも何だかどきどきしてしまうのに、二人ともものすごい美人ときている。その美しさたるや、『金髪の彼女でもつくりたいものだ』などと考えていた僕の視野を他の民族にまで広げるのに十分であった。

Aminaはクラスメート。目は大きく、鼻がものすごく高くて細い。彼女の鼻を見ているとアメリカ人のElizabeth TaylorなんかがCleopatraをやるべきではないなとさえ思えてくる。肌は少し浅黒く、髪も黒い。髪型は少しwildな感じで、slenderな体を黒のシャツとジーパンで包んでいる。しかも、クラス一の成績を誇る才媛で、他のクラスメート(特に男性)にとっては、放課後に、いかに彼女と一緒に勉強するかが大きな課題となっている。
妹のHudaとは、このパーティが初対面であった。大きくないけれども彫りの深い目、太い眉、背が高く、豊満な体を黒のセーターでびったりと覆っている。鼻は普通で、顔も体形もAminaとは全然似ていないけれども、僕の目にはAmina以上の美人に見えた。

パーティ会場で女性に寂しい思いをさせるのはAmerican Hospitalityにもとる。美人となればなおさらである。そこで、早速Hudaに話しかけた。始めは、大学の話など固い話であったが、次第に柔らかくなり、やがて結婚の話題になった。
「私、日本人と結婚したいの。」
棚からぼた餅とはこの事か。はやる気持ちを抑えながら、
「どうして?」
と聞くと、
「だって、日本人はお金持ちでしょ?」
あまりにも現実的な答えに、僕は思わず興醒めしてしまった。この現実的な答えは、僕にとっては非常に非現実的なのである。僕は金持ちではない上に、彼女達の言う『金持ち』と我々の『金持ち』とでは桁が違う。彼女達の父親こそ大金持で、超高級ホテルかと見紛うばかりのDC近郊のcondominiumに、専用エレベータ付きのpenthouseを買い取って彼女達を住まわせ、更に、BMWまで買い与えている。その上、同時に別の姉妹をもイギリスに留学させているのだ。そんな育ちの彼女達を満足させることのできる日本人はそうはいないのではなかろうか? それとも、アラブ首長国連邦にいる日本人は余程羽振りが良いのだろうか?

とにかく、実際結婚するわけでは無いのだから、この場は会話を楽しむのが最良の策である。ここはひとつ、金持ちの振りでもしてみるかなどと考えていると、そばで話を開いていたらしいRadziahが、割り込んできた。
「日本人となんか結婚しないほうがいいわよ。日本人の男性は、自分の靴下を奥さんに脱がせるんだって。」
いきなり、何を言い出すんだこの女は!?
「そんな事無いよ。あったとしても、昔の話だ。今は絶対に無い。」
「今の話よ。日本人と結婚した私の友人が言ってたんだもん。」
「きっとその男性は昔のやり方を通してるんだよ。」
日本人が聞けば笑止千万な話だが、Hudaにしてみれば、Radziahを信じるか僕を信じるかである。『頼むよ』とRadziahにウインクすると、彼女は『心得た』とばかりに、
「そうね。少なくともHarryはそんな事をさせる人じゃないわね。そう言えば彼は良い車を持っているのよ。」
と話題を変えて、「Mercedes」と小声で僕にささやいて去っていった。心配御無用さ。

「何に乗ってるの?」
「もちろんMercedes。」
「Wow!」
と、いいながらHudaは真顔で太い眉毛を上下させる。僕が中古のHyundaiの小型車に乗っていることを知っているRadziahが、向こうの方で肩をひくひくさせながら笑いをこらえている。
会話は全てこんな具合に進行し、僕は知り得る限りのプランド名を並べ立てる。(バブルか!) 彼女が真顔であるところを見ると、どうやら信じ切っているようだ。多少の後ろめたさを感じながらも、この方面に疎い僕にすれば思わぬ善戦に、僕はすっかり気を良くしていたのだが・・・。
「会社にお勤めかしら?」
「うん。」
「何の会社?」
「電気製品を作っている会社。」
「どこ?」
(正直に)「○○○」
すると、彼女の顔がいきなり曇って、とても落胆した顔で、こう言った。
「だめよ。SONYじゃなきゃ。」